2019年07月20日 00:15

『聲の形』と学校の形

 塾の話とあまり関係がないので話題にするか少し迷ったのですが・・・。

 報道されている通り、有力なアニメーション制作会社である京都アニメーションのスタジオが極めて悪質で暴力的な攻撃を受けて、多数の才能あふれるスタッフが死傷しました。犠牲になった方々に哀悼の意を捧げるとともに、今なお怪我に苦しむ方々の一日も早い回復をお祈りいたします。またご家族、関係者の方々のご心労やいかばかりと拝察いたします。

 私は、日本に生まれ育ったものとしてご多分に漏れずアニメは好きですが、それほど業界に詳しいわけではありません。したがいまして、今回被害に遭った京都アニメーションという会社が、大変優れたアニメ作品を作ってきた会社であること自体、初めて認識しました。そこでどのようなアニメ作品を制作してきた会社なのかを事件の報道の後で調べたのですが、その中に映画『聲の形』があることを知りました。

 この映画については、これまたロードショー期間中にはその存在を知らず、NHK Eテレでの放送を娘が録画していて、それを一緒に見ることで知りました。物語が非常によく練られていて、登場人物たちも、設定といい言動といい生き生きと血が通っており、とても優れた映画作品であることは間違いありません。そもそも方々で高い評価をすでに受けている作品なので今さら私がどうこう言う必要もないことですが、ご覧になったことのない方は是非見ていただきたいと思います。

 これは物語の中心的なことではないのですが、私としてはこの作品が学校の問題をみごとにあぶりだしていることに注目しました。それは、同じ年齢の子どもたちを集団にまとめ、一斉に同じことを学ばせたり行事として行わせたりする学校という組織が必然的に引き起こすものです。

 物語は、登場人物たちが小学生だった時からスタートします。クラスに、硝子という聴覚障害を持つ女の子がいて、将也というガキ大将的な少年を中心にいじめられています。しかし、そのいじめが行き過ぎたために、逆に将也がクラスから孤立するという風に話が進んでいきます。

 やがてこのいじめのあったクラスの子どもたちが高校生になって再会し、その時点での人間関係の中で、自分自身がなぜ今のような状況になっているのかを自省していきます。人間同士というものは、お互いに出会ったその時のその人しか知らないものですが、個人は過去からの記憶の積み重なりでできています。この作品のように、人間について複数の時期で描くことで、人間を立体的によりリアルに理解することができるように思います。

 将也たちはなぜ聴覚障害を持つ少女をいじめるようなことをしていたのか。この作品から浮かび上がってくることは、いじめの被害者だけでなく、加害者側の子どもたち、傍観者の子どもたちも、現状の学校の集団一斉指導下におけるある種の被害者ともいえるということだと思います。

 強制された集団生活の中で、一人一人の子どもは何らかの立ち位置にあることを常に求められています。将也のような少年はガキ大将的な自分を示すために常に何かいきがっていたり、クラスの女子のリーダー的な少女は、常にクールな風に装っていたりしています。学校の中は、自分が特に気を張ることもなくやりたいように過ごしていられる場というよりは、周囲と自分を比べながら、「自分」のキャラを演じなければけないところがあります。もちろん、人間社会の中ではそのようなことも必要ですが、学校という環境は自分で選ぶこともできず、とにかく長すぎます。

 そのようなストレスフルな環境で心のエネルギーを使って子どもたちは生きているものですから、反作用的に負の感情があふれ、教室の中に渦巻いています。その負のエネルギーが出口を求めてうごめいている中に、ちょうど低気圧の中心のようなものが現れれば、そこに一気にそれが流れ込んでいくことでしょう。いじめの問題は、つまるところ集団一斉指導の学級制が構造的に生み出すものであるということです。

 この映画の中で、高校生になったいじめの当事者だった登場人物たちは、改めて自分を見つめ直したときに、これが自分だと思っていた自らのありようが実は自分自身が形成した殻のようなものだったということに気づいていきます。その人間的成長も感動的ですが、結果的にそうした自分自身についての妙なこだわりを生み出す元が、小学校という環境にあるということを浮き彫りにしているところも、大変みごとだと思いました。

 最新の報道によると、京都アニメーションでは今回の事件により、作品の原画があらかた失われてしまったと言われています。多くの尊い命が失われたことに合わせて、まことに痛ましいことと言わざるを得ません。

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