お父さん、お母さん、あなたこそ止まりなさい
8月23日は、私が生まれる前に死んだ祖母の命日で、母とその姉妹が東京築地の本願寺に毎年集まっておりました。
築地本願寺は仏教の寺といっても、外観はよくある木造のそれとはだいぶ違い(その後だいぶ成長してから、インド風の建物をまねてデザインされたということを知った)、中はステンドグラスにオルガンがあって、折りたたみのイス席もあるという、キリスト教の教会のようになっているユニークな寺です。
この、母と叔母たちの集まりに行くのはそれなりに楽しみで、それはなぜかというと、一つにはそのあとで築地のすし屋でみんなで食事をするからでした。もうひとつは、毎年1・2冊ずつ、寺の売店で売られている仏教漫画を買ってもらえたからということもありました。
仏教漫画というと、最近では『 地獄と極楽』という絵本 がはやったようですが、それと同じようなものもありました。それ以外に、シャカの教えや物語を漫画にしたものや、聖徳太子の伝記なんてのもありました。今も何冊か残っていますが、とてもいいものですよ。
その中で特に印象に残っているのは、シャカの弟子のひとりアングリマーラという男の物語。
アングリマーラは、色々事情があって、1000人の人間を殺すと自分の願いがかなうという観念に取りつかれています。漫画では、街道沿いの森にすみ、そこを通る人々を殺し続けていたと描かれていました。
その話を知ったおシャカさん、それじゃ私が言って聞かせようと、周りが止めるのも聞かずにアングリマーラの住む森へと独り出かけていきます。
おシャカさんが森にきたことに気付いたアングリマーラ、それっとばかりにおシャカさんを追いかけ始めます。ところが、走っても走っても一向におシャカさんに追いつかない。どう見てもおシャカさんはてくてくと歩いていて、こちらは全力で走っているのに何で追いつかないのか。
たまらずアングリマーラが、「おい、とまれ!」と叫ぶ。それに対し、我らがおシャカさん、
「私の心は止まっている。お前こそ止まりなさい」
とのたまった。
その言葉を聞いたとたん、アングリマーラはいかに自分がおかしな観念にとらわれて、大変な罪を犯してきたかに気がついた。そしておシャカさんの弟子になるというお話です。
いや、なんでこんな話をするのかといいますと、私たち大人も、このアングリマーラと同じだなと思ったわけです。間違った想念にとらわれて、地獄を作っているかもしれないという意味で。
昨日、ベネッセさんの「教育情報サイト」というところを見ていて、こんな記事を読みました。
高校生の夏休み、親は子どもが1日に何時間くらい勉強していれば満足に感じるかということを、271名のアンケート調査からまとめたものです。
さて、何時間くらいだと思われますか?
11時間だそうですよ。
子どもの1日の学習時間が11時間くらいになると、「満足だ」と答える親が一気に多くなり、「不満だ」と答える人がほとんどいなくなるそうです。
いやー、馬鹿げていますよね。
でも、何も自覚していないと、これくらいとんでもないことを自然な感覚として親は持ってしまうものだってことです。
11時間というと1日の起きている時間のほとんどです。メシ食ってるか風呂にでも入っているんでなければ、子どもがちょっとテレビを見ていたりぼうっとしているのを見ては、イラッとなって「勉強しろよ」と思うって感覚だと思いますね。
このベネッセさんの調査から分かることは、親というものはきちんと自覚していないと、こんなムチャクチャな感覚で子どもをコントロールしようと思ってしまいかねないものだということだと思います。
子どもの顔を見ればあいさつ代わりに「勉強しなさい」と言ってしまったり、週に5つも6つも習い事を押しこんだり、テストの点数を見て反応的に激昂したり。
子どものためという題目で、あれやこれやと子どもに押し付ける、実は自分のナチュラルな感覚のほうが常軌を逸してしまっているかもしれないのに。
子どもの学習時間が11時間で親は満足するという調査を読んで、私がアングリマーラの物語を思い出したというのはこういうことです。アングリマーラの物語は、私たちは誰でも、おかしな観念を正しいものと思い込み、自分や子どもたちにとって地獄を作りうる恐ろしいものになりうるということを、教えているのだと思います。
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