2016年04月07日 09:49

ムダな努力

 今年の春期講習(春休み期間)は、授業やその準備があったことはもちろんなのですが、ほぼ毎日ご新規の皆様の面談や体験授業、ご入塾お手続き後の事務処理がありまして、まさに怒涛のようでありました。

 道場に通ってくれている子どもたちも、同じ4月初めの時期としてはやはり過去最も多くなりました。ありがとうございます。

 本ホームページ巻頭にも掲げさせておりますとおり、現在小学6年生・3年生の募集を終了しております。また、全体としましても、あと4名様で募集を終了いたします。

 ご関心のある方は、ぜひともお早めにお問い合わせをお願い申し上げます。

 さて、このブログでもさんざん大騒ぎしておりました、私の母校の高校吹奏楽部の定期演奏会ですが、お蔭様で大盛況のうちに終了いたしました。

 本番前。楽屋で自撮りをしてみました。

本番直後。同期の部員たちも聞きに来てくれていました。私はすっかり頭も白くなってきましたが、女の人達ってあまり変わらないですね。

 私共OB・OGは現役さんの舞台のおしりの方にちょっと載せていただくという程度のものなのですが、これほどの素晴らしい舞台経験は初めてでしたね。

 それもこれも現役さんが上手だからということに尽きるのですが、観客の皆さんの熱気が違う。満場のお客さんが真剣にこちらの演奏を聞いてくださるという雰囲気が素晴らしかったですね。ホールのキャパが小さすぎて、入りきれなかった方が多数ロビーのモニターでご覧になっていたとのことでした。

 ご来場者アンケートを見ましても、「素晴らしかった」、「最高だった」、「魂のこもった演奏でした」等々。ありとあらゆる賛辞を頂戴しておりました。

 私かれこれ30年以上吹奏楽やオーケストラに参加しているのですが、もともと平凡、下手の横好き的団体ばかりに所属していたこともあって、これほどの絶賛っモードというのはちょっと初めてですね。やっぱり、上手だとありとあらゆる賞賛を手にするのかと。

 アンケートに「魂のこもった演奏でした」とか、「気持ちのこもった素晴らしい演奏で」といった文言があるのを見て、結局そういうことだなあと思いましたね。

 そういうこととはどういうことかというと、つまるところ「下手くそでござい」なんて奴がいくら額に汗を垂らして熱演してみせたところで、聞いてくれている人にはその「気持ち」だとか「魂」だとかそんなものは全く伝わりませんよという悲しい現実。

 結局、うまい奴はテクニックだけが優れているんじゃなくて、「気持ち」や「魂」みたいなものまでしっかりと伝えられているんですよね。

 よく、下手くそなグループというのは、「気持ちで負けないように」とか、「心を一つにして」とか、そういう斜め下向きに「がんばろう」ということに陥りやすいですね。

 でも、まあ、そういう方向性を打ち出している時点で最初から負けてしまっているとも言えるわけでして、つまるところ個人技の優れた団体には到底かなわないということになってしまいます。

 「でも下手なんだからしょうがないじゃん」というどうしようもない気持ちは分かります。私も現役の高校生の時はそのように思っていました。

 しかし、個人の基礎的な技術をきちんと身につけさせるということは、面倒は面倒ですが、誰にでもできることなので、頑張ってほしいなと思います。

 また、個人の基本的な技術を見なおしてしっかりと身につけさせるということは、最終的にチームがとてつもなく強くなる原動力であるばかりでなく、プレイヤー本人がその後何十年もその競技や楽器を楽しむことができる元にもなることです。「投資効果」は絶大ですので、手を抜かず、諦めずにやて欲しいところです。

 今回、日本トップクラスにまで成長した母校の高校生の舞台にちょっと参加させてもらうことで、自分たちでは到底経験できなかったようなことも経験させてもらうことができたわけですけれども、つまる所は個人の確かな基礎技術だなということを改めて認識いたしました。

 基礎的な技術がちゃんとしているからどんどん上達するし、人も耳を傾けてくれるようになる。「下手くそ」が、基礎を疎かにしたまま、つまり一向にうまくならない状態で、いくら「頑張った」ところでそれは意味がないのだということだと思います。

 こういうことは勉強においても大いに当てはまるところです。

 春休みころから国語道場に通い始めてくれているお子さんたちの中でも、特に中学生ですね。勉強が総じて苦手であるというお子さんがいらっしゃるとしますと、まず間違いなく日本語語彙力が足りません。本当に小学校低学年くらいの語彙力という方もいらっしゃることがあります。

 こういう場合は、本気で日本語力の再構築に向き合わなければいけません。学業不振の原因は、日本語を使って情報を読んだり聞いたりして、それを理解し、そして問われていることに応答するというそもそもの力が欠けていることにあるからです。

 この状態で、ただ、数学だ英語だ理科だと勉強をさせたり、集団ではついていけないから1対2だとか1対1の個別指導だとか見当違いなことを試したところで、何ら成果が上がらないのは、私にはなんの不思議もありませんけれども、皆様はいかがでしょうか。

 上の、吹奏楽の例で言えば、そもそも楽器の音がちゃんと出せていないような子どもたちに、やみくもに楽曲を与えるとか、音程やらリズムやらについて全体に合わせさせるような練習を続けさせているとどうなるか。

 スケールの小さい、それでいて先生の言われているとおりに吹いているだけの、主体性の低いつまらない演奏をするバンドになっていきます。さらに悪いことに、個人の基礎的な技術が身についていませんから、一人ひとりに吹かせてみるととても聞けるようなものじゃないことも少なくない。

 上達の可能性も少なく、やっている方も大していおもしろくもないでしょうから、音楽を一生の友とするような機会も失われてしまう危険性があります。これがなんといっても残念ですね。

 勉強も同じようなところがあります。まずは基礎としての日本語力。

 語彙が増えてくれば認識の幅が広がってきます。同じように話を聞いたり映像を見たりするとしても、単位量あたりの理解力や吸収力が違ってきます。

 語彙があるということは、人に何かを伝える時の「道具」が多いということですから、答え方も上達するでしょう。

 そんなこんなで、日本トップクラスのバンドの演奏会に参加させてもらって、やっぱり基礎基本は大切ですねという結論に達した今日このごろであります。

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