2014年12月09日 02:51

勉強嫌いな大人が勉強嫌いな子どもを育てている

国語道場の生徒の保護者の皆様は大変素晴らしい方々で、私も日々多くのことを学ばせて頂いています。

最近ことに印象的でしたのは、お子さんが最近、なんのために勉強するのか悩んでいて、そのことに対して真剣に向かい合っていらっしゃる親御さんのお話でした。

この、勉強の意味について悩むお子さんというのは、勉強なんかしたくないといって反抗しているのでは全くなく、むしろ平生の授業では非常に学習意欲に富み、自分からどんどん質問もしてくるようなお子さんです。ただただ純粋に、勉強してより良い成績を取るとか、偏差値ランキングの高い学校にいくことにどのような意味があるのかを知りたいのでしょう。

こちらの親御さんは、ご自身も子どもの時に同じような疑問を持ったが、得心のいく話を聞くことが出来なかったというご経験から、お子さんの話に対し適当にごまかすのではなく、正面から受け止めていらっしゃいまして、そうした姿勢に私自身大変感銘を受けました。お子さんの学習意欲が高いことにも大いにうなづけるものがありました。

ところで、このような悩みを持つお子さんに対し、みなさんでしたらどのようにお話をされますか。

「勉強して偏差値の高い学校に進めば、それだけ良い会社に就職できるよ」、とか、「良い学校に行けば、良い友だちがたくさん出来るよ」とかでしょうか。高卒と大卒との生涯賃金の違いを示すなどというのもあるでしょうか。

悪くはないと思います。私も大人ですので^^;、ただ、ちょっとずれているかなとは思います。特に、子どもの心には響きにくいような感覚があります。

今から10年ほど前に、「女王の教室」というドラマがありまして、その最終回だったと思いますが、天海祐希が演ずる主人公の女性教師がこんなことをいっていました。

「いい加減目覚めなさい。まだそんなこともわからないの?勉強は・・・しなきゃいけないものではありません。したい、と思うものです。」

この言葉って、どれくらい多くの人々がきちんと理解しているのだろうと思うことがあります。

「学力低下問題」なるものが叫ばれるようになって久しいですね。

OECDのPISAテストというものがあります。平たく言うと、世界の中で比較的裕福な国々の子どもの学力テストです。これの国別平均点で日本が大きく順位を下げたことがありました。2003年と2006年に実施されたテストの時です。

折しも国の教育政策が「ゆとり教育」と呼ばれていた時期に重なり、このままでは日本が滅びるくらいの勢いで、大いに議論が盛り上がったものです(遠い目)。

その後に実施されたテスト(2009年と2012年)で日本の順位が上がり、「脱ゆとりの効果」等と言われるようになっています。

そもそも学習指導要領が変わって1年やそこいらでの順位の変動が因果関係として語られることに対する猛烈な違和感もありますが、いずれにしても、こんな順位の上がり下がりなんかはあまり重要ではないといって良いと思います。むしろ、この結果からわかることは、国や地方公共団体が教育に使うお金が先進国中最低レベルであるにもかかわらず、国際比較調査の中で常に上位の成績を残す日本の教育は「よくやっている」ということです。

そんなことよりも、日本、いや私たちにとって本当の問題--それは、勉強嫌いの大人たちが勉強嫌いの子どもたちを育てているということです。

私が授業の中で、「勉強ができる、こんな楽しみがありますか」などというと、「いや、そんなのありえないでしょ」なんていう反応が子どもたちから返ってくるのにも慣れっこになってしまった今日このごろ・・・。「勉強は面白くないもの」と、多くの子どもたちが疑いもなく思い込んでしまっています

PISAテストでは、同時に様々なアンケートを実施しているのですが、2012年の調査では、数学への興味関心の日本の子どもたちの高さが、参加65カ国中の60位でした。そこそこ成績は良いのだけれども、いかにもいやいややっている姿が目に浮かぶようです。

でも、こんな子どもたちの学習意欲の低さの原因は、結構簡単に推測することができるのではないでしょうか。それは、勉強が嫌い、興味がない大人の存在です。

これについては、文部科学省のサイトに面白いレポートがあります。平成18年度版の科学技術白書の中で、2003年のPISAテストにおける子どもたちの成績と、大人の科学技術に関する基礎概念に対する理解度とを対照した相関図が出ています。

縦軸が大人の科学知識で、横軸が子どものPISAテストの科学リテラシーの成績です。子どもの成績は、比較した25カ国中2位なのですが、大人の成績はなんとビリから4番目。ほとんどの国々は、大人の成績と子供の成績との間に強い相関がありますが、日本だけが特異な位置に浮き立っています。

いやいやながら勉強して良い成績を残す子どもたちと、受験が終わって大人になると、テストで一夜漬けした知識が抜けていくように、何も覚えていない大人たち・・・そんな様子が見えてくるように思います。

私が、「勉強嫌いの大人たちが勉強嫌いの子どもたちを育てている」といっているのは、こういうことです。

多くの方々が、当然のように勉強はつまらないと思い込んでいるという現実がありますが、ちょっと国際的に比較してみると、それは実はとんでもなく異常な状況であるということを認識していただきたいと思います。

ここで先ほどの「女王の教室」の話に戻るのですが、勉強を苦行か何かのように思い込んでいる子どもたちに、主人公は「くだらない思い込みはいい加減に捨てよ。勉強を強制されていると思っている方が実はおかしいんだぞ」と言っているのだと思います。

「学ぶことは楽しみだ」とする議論で、ではなぜそうなのかという根源的なことに触れているものとして私が好きなのは、アリストテレスの『詩学』という本の中にある次の部分です。

--一般に2つの原因が詩作を産み、しかもその原因のいずれもが人間の本性に根ざしているように思われる。(1)まず、模倣することは、子供の頃から人間に備わった自然な傾向である。しかも人間は、最も模倣を好み、模倣によって最初にものを学ぶという点で、他の動物と異なる。(2)つぎに、すべてのものが模倣されたものをよろこぶことも、人間に備わった自然な傾向である。・・・その理由は、学ぶことが・・・最大の楽しみであるということにある。(『詩学』第4章)

これは、広い意味での文学作品(「詩作」)なんかがどうして存在するのかということについての考察です。「学ぶことは楽しい」という視点から、少々論理的に行ったり来たりしているところをまとめてしまうと、「学ぶことは人間にとって最大の楽しみである。それは、学ぶことはこの世の中にあるものを模倣することに始まり、そもそも人間は模倣することを愛するものだからなのだ」ということになるでしょう。

いや、それでも勉強なんか面白くないよという方がいらっしゃいましたら、もっと肩の力を抜いて考えてくださいと申し上げたいです。日々の生活の中で自然と不思議に思われることについて考えたり、調べたりすること--これこそが本来の学びなのだというふうに発想を転換してみてください。そういうことであれば、「女王の教室」の阿久津先生やアリストテレスの言うように、勉強は誰にとってもなかなか楽しいと思われることではないかと思うのです。

最近私が気になっていることは、スイセンですね。「推薦」入試ではなくて、植物のほうです。スイセンってどうしてこれから寒くなる時期に芽を出して、盛夏を迎える頃に完全にしおれてしまうんでしょうか。それはそういう性質だと言われればそれまでなんですが、小学校の時に、発芽の条件は「水と温度」と習ったではないですか。もしそうだとすると、スイセンはいつ芽を出しても不思議ではないわけですよ。どうして晩秋なのか。これを知りたいと思っています。

ともかく、大人の私達が様々なことに感心を持ち、学ぶこと自体は本来非常に楽しいことなのだということを子どもたちに伝えられるかどうか、これが最も大切なことだと思います。

そういうことで、「なんのために勉強するのか」に悩むお子さんに対しては、「いやいや勉強って普通に楽しいでしょ」といった信念を持って、自然に対応されるのが良いでしょう。「良い学校に行って、良い会社に」なんて話よりも、よっぽど子どもたちの心に響くと思います。なぜなら、子どもたちにも「学ぶことは楽しい」という人間の本性が備わっているからです。

「うーん、それは分かるが・・・。でもそんなんで大丈夫なの?受験勉強って実際辛いでしょ」という方もいらっしゃるでしょうか。

このホームページの私のプロフィールの中の「好きな言葉」で紹介しているのですが、フリードリヒ・ニーチェは、『偶像の黄昏』という本の中で次ように書いています。

--人生についての独自のなぜに?をもっていれば、ほとんどあらゆるいかにして?とも折り合いがつく。(『偶像の黄昏』 箴言と矢 第12 原佑訳 ちくま学芸文庫)

キリスト教倫理観やニヒリズムに対する批判に命をかけたニーチェの言葉をあまり卑近なことの解釈に使うことに危うさはあるのですが、あえて「学びと生きること」に引きつけてこの言葉を読み解くならば、

《学ぶことが楽しいということを知っている子どもであれば、出世のための勉強にも折り合いをつけることができる》

と言うことができるでしょうか。人間の本性である学びの楽しさが分かっているお子さんであれば、「良い学校に行って良い会社に就職する」なんていう実利的な問題は、難なくクリアできるのではないでしょうか。

保護者のみなさんも、子どもたちとともに学びましょう!もちろん、親としてのあり方を学ぶとか行った実際的なことではありません。本当に純粋に、学問をしましょう。何の役に立つかどうかわからない知識を身につけて、楽しみましょう!そのことが、廻り回ってお子さんの学習意欲・学力の向上に繋がっていきます。

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