2019年10月07日 15:54

塾に「変な人」がいなくなるのは残念なことである~佐藤忠志先生追悼

 学生時代のアルバイトを含めて、30年近く塾の仕事を続けています。その中で、塾の務めについては、一つ独自の信念を持っています。その務めに、勉強を教える、勉強の仕方を教えることはもちろんですが、「世界の広さ」を子どもたちに感じさせることがあると思っています。

 これは、私自身の中学時代の塾経験に由来します。私が中学生の時に通っていた塾の国語の講師が、授業中にこんなことを言っていたことがあります。

「本をたくさん読めよ。エロ本でいいからたくさん読め。」

 まあ、塾講師の人気取りのためのよくある下ネタだといえばそうかもしれません。しかし、私がこれに衝撃を受けたのは、こんなことを言う人間がこの世に生きていていいんだということでした。私は、この講師の「エロ本でもいいから読め」発言で、ある意味「世界の広さ」を知った気がいたします。

 子どもたちに「世界の広さ」を知らしめるために、塾の人間は変人であるべきだと信じています。それどころか、変人がいることが塾の存在意義であるとさえ思います。

 親や教師など、子どもたちにとって「表側」の世界の人間は、ちゃんとした人間であることが大切だろうと思います。秩序、規律、ルール、しつけ。こうしたことを身につけさせられるのは、「表側」の世界の人間です。

 しかし、そればかりでは子どもたちはとてもじゃないですがやっていられません。いつもいつもきちんとまじめにやっていなければならない。ちゃんとしていなかったり失敗したりすると怒られるだけでは、息が詰まってしまいます。

 そこで必要なのは「裏側」の世界の人間です。

「まあまあ、『オモテ』の奴らはそういうんだろうけどな。実際には世界はもっと広くて、人間にはもっといろいろな生き方があるんだよ。」

ということを感得させることは、塾の大切な使命だと思っています。

 元祖カリスマタレント予備校講師といってもいいと思いますが、佐藤忠志先生の訃報が入ってきました。

 私が高校を卒業して代ゼミに津田沼校に入学した時には、佐藤先生はすでに東進ハイスクールに引き抜かれた後だったので、私自身佐藤先生の授業を受けたことはありません。金ピカ先生と呼ばれた佐藤先生の授業風景は、テレビなどを通して見たことしかありませんが、金物を首やら手首やらにじゃらじゃらぶら下げてヤクザのような格好で教壇に立っていたようです。ヤクザのような格好は、塾・予備校が子どもたちにとって裏の世界だとすると、今考えてみると象徴的なものだったのかもしれません。佐藤先生は仁侠映画の大ファンだったそうです。そうした映画から、ある種の生き方を学ぶことがあったのでしょう。ヤクザのような格好を通して子どもたちに伝えたいことがあったのかもしれません。

 普通の価値観からすれば、佐藤先生は間違いなく「変な人」でしょう。しかし、テレビにコメンテーターなどで出演していた時の話を聞く限り、世の中のことについて一家言ある人であったように思います。「変な人」として、ちょっと違った角度から物事を見ると、普通の人には気づくことができないようなことが見えるのかもしれないと思わせるものがありました。

 こういうことも子どもたちにとっては重要ではないかと思います。様々な事柄について、一般的にはこのように言われているけれども、もっと違った見方ができるのかもしれない。塾の人間は「変人」として、子どもたちが広い視野を持った人間になるように身をもって示す務めがあるように思います。

 私は佐藤先生の授業を受けたことはありませんが、浪人中に愛用していた単語集は彼が書いた『ズバリ!合格の英単語』(ズバ単)でした。高校時代、およそ英語の勉強をしたことのなかった私が、初めて最初から最後までやり通し、その後繰り返し繰り返し学習した教材です。

 佐藤先生は、世間的には「変な人」と捉えられていたのかもしれませんが、このズバ単を一目見れば、その独特の視点から、現代でも十分に通じる学習法を世の中に提示していたことが分かると思います。ズバ単の最大の特徴は、収録単語の一つ一つに例文がついていることでした。こんなことは今どき「ターゲット」でも「速単」でも当たり前ですが、昭和末期~平成初期にはまだまだほとんどありませんでした。英単語を覚えるときは、単語とその意味だけを覚えるのではなく、例文ごと覚えるのが効果的だということを、この教材を通して私は学びました。

 私が危惧するのは、最近の塾屋さんは、ただのサラリーマンみたいな人ばっかりになっていることですね。現実の令和のビジネスマンは、格好にしても立ち居振る舞いにしてもだいぶラフになってきていると思いますが、塾業界はバブル期にいた「ジャパニーズ・ビジネスマン」を今頃後追いしている感じがします。名刺を渡す動作があまりにもきちんとしていて、思わず「気持ち悪っ」っと思ってしまうことがあります。大手集団一斉指導塾でもチェーン個別指導塾でも、いかにも平成以前の会社さんという感じになってきています。

 塾の人間はそんなんじゃだめですよ。塾の子どもたちに、「世界の広さ」、自由を示すことができる大人は、「変な人」でないといけません。そんなことも分からない世の中になってきちゃってるんですかね。

—————

戻る


お問い合わせ先

国語道場(西千葉)

稲毛区緑町1丁目27-14-202
千葉市
263-0023


043-247-7115
お電話のお問い合わせは、火~土曜日の午後3時~9時
メールは24時間承っております。