2016年08月14日 17:58

天草の奥は奥が深かった

 今回の熊本旅行では、天草諸島の下島の西端に3日間滞在しました。

 いや、天草、本当にいいところでした。魚はおいしいし、海はきれいだし。

 下島西岸から見える海は東シナ海。ここから先は中国大陸まで陸地がないので、太陽が水平線に沈むように見えます。

 白鶴浜という海水浴場に行ったのですが、外海の東シナ海に面しているせいか、海水の透明度が高いです。砂浜の砂は白みを帯びて、これもきれい。

 海水浴場の近くに高浜焼という陶磁器の窯元があって、立ち寄ってみました。

恥ずかしながら全く知らなかったのですが、日本で生産される陶磁器の原料の土のほとんどが、天草産だったのですね。伊万里焼も九谷焼も、清水焼も瀬戸焼も、もとは天草の陶石だったと知って、非常に驚きました。

 高浜焼のショップでもらったブックレット。高浜焼を始めた庄屋上田家の紹介。絵がユルくていいです。

 高級白磁の原料の陶石埋蔵量が世界有数ということで、そりゃあ砂浜も白くてきれいなわけですね。

 天草には、崎津集落という世界文化遺産候補の地域があります。

 何をもって世界遺産を目指すのかというと、隠れキリシタンが200年以上にわたって信仰を守ってきた中で培われた文化を目の当たりにできることです。

 崎津以外に11の地区(すべて長崎県)がセットで、世界遺産候補として推薦されることがこのほど決定しました。以前、私が和歌山県の熊野を訪れた時、それから間もなくそこも世界遺産に認定されました。私が訪問した以上、崎津の世界遺産登録は間違いなしでしょう。

 崎津集落の中心には、今では瀟洒なお堂が立っています。

 ヨーロッパの世界遺産級の寺院に比べると、なんとも質素な建物ですが、200年以上にわたる禁教の時代に信仰を守り継いだ人々の子孫と、近代になって渡ってきた宣教師たちが力を合わせて建てたというところがいいです。

 そもそもどうして天草のような熊本の中でも端っこの地域にキリスト教文化が受け継がれることになったのかというと、そこが近世以前のキリスト教文化の最後の中心地だったからです。崎津集落から東に数キロ行ったところに河浦という地区がありますが、このあたりにイエズス会のコレジオがありました(異説あり)。

 コレジオとは宣教師になる者のための高等教育機関で、もともと大分にありましたが、禁教を決めた豊臣秀吉から目立たないように、長崎を経て天草に移ってきました。

 歴史好きの人間にとって感慨深いのは、かの天正遣欧使節の4人も、帰国後ここで学んでいたことです。ジュリアン、天草に来とったとね。

 さらに我が国の文化史上特筆すべきことは、この4人が持ち帰ったグーテンベルクの印刷機がこのコレジオに持ち込まれていて、いくつかの重要な本の出版が行われていたことでしょう。

 これは中学校の歴史教科書にも載っていて、東京書籍の『新編新しい歴史』の111ページに図版も掲載されています。

 一見ヨーロッパのどこかの言語で書かれているようですが、文字をよくたどってみると、

にほん の ことば と ヒストリア を ならい しらん と ほっする ひと の ために・・・

とあります。そうです。これローマ字で、日本語なのです。

 歴史教科書で紹介されているのは「平家物語」ですが、「イソップ寓話」のローマ字日本語版も天草で印刷・出版されました。これは「天草本伊曾保物語」などと呼ばれています。

 河浦に天草コレジヨ館という博物館があって、そこで売られていた「伊曾保物語」の絵本。

 キャラクターデザインがかなり強烈ですが、これにはちゃんとワケがある。天草版伊曾保には、イソップの容姿についての詳細な記述があります。

その じだい えうろぱの てんかに この ひとに まさって みにくい ものも おりなかったと きこえた。 まず こうべは とがり、 まなこは つぼ しかも でて、 ひとみの さきは たいらかに、 りょうの ほおは たれ、 くびは ゆがみ、たけは ひくう、 よこばりに、 せは くぐみ、 はらは はれ、 たれでて、 ことばは どもりで おじゃった。

 専門家によると、古い「イソップ寓話」で、これほど詳しくイソップの容姿に言及しているのは天草版だけなのだそうです。

 今から400年以上も昔の戦国時代にヨーロッパに派遣された少年たち、彼らがそこから持ち帰った印刷機、そうした人やものが天草に集まって、本を作っていたというのは、実に想像力をかきたてられることではないでしょうか。

 上に紹介した「上田家庄屋物語」、「イソップの生涯の物語」はいずれも国語道場の本棚に収蔵されています。どうぞご覧になってみてください。

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