2019年05月27日 22:14

日本人が英語ができない理由

 先日の記事で、日本人の英語力が実はアジアで最低レベルだというお話をしました。そこでは、主に米国の大学に進学するときの英語力を証明するための試験であるTOEFLの国別平均点で、日本のそれがアジアでビリから3番目であることを紹介しました。

 いきなり話がそれますが、「日本人の英語力」とは何かというのは実はちょっと難しい問題です。日常的に英語を使っている人から全く関係のない生活をしている人まで同じテストを受けてもらってその平均点を出すようなことを日本でやった場合、教育が十分にいきわたっていないような貧しい国で同じようにテストをして出された平均点と比べると、やっぱり日本のほうが優秀だろうと思います。何しろ国が豊かで教育制度がそれなりにしっかりといきわたっていますからね。

 しかし、英語なんて全く関係のない生活をしている人の英語力などというものは実際にはどうでもよく、英語を使って頑張ろうと思っている人たちの英語力こそが、その国の英語力として大切ですよね。TOEFLは、よほど英語で俺はやっていくぞという人でなければ受けません。受検料も3万円近くしますし。だから、TOEFLの国別平均点は、やっぱりその国の英語力の指標として非常に重要だと思います。このようなわけで、私は、TOEFLの国別平均点をもってその国の英語力の目安だと言って、それほど差し支えないと思っています。

 さて、話を戻しますが、それにしてもどうして日本人はこうも英語ができないのか。

 いろいろ原因は考えられますが、やはりしっかりと直視しなければいけないのは、教え方が悪いから、ということだと思います。

 以前もどこかに書いたかもしれませんが、私、今ポーランド語を勉強中です。最初のうちは、日本人が書いた日本で出版されたポーランド語のテキストを使っていましたが、一向に何も身につかない。それで、ポーランドのクラクフという町の語学学校が出版しているテキストを輸入して、それを使って勉強を始めたところ、どんどん話せるようになるんですよ。オンラインで毎日単語テストを受けるんですが、2週間ほどの学習で200語ほどの語彙力が身についているそうです。実際、ポーランド語で何かしゃべってみろと言われれば、できますよね。

 日本の中学で英語を1年以上勉強しているお子さんだったら、本当に簡単なことでも呻吟しながらじゃないと英語が出てこないというのは珍しいことではありません。それも教科としての英語の成績はそれなりに取れている生徒でもですよ。やっぱり教え方に何か根本的におかしなところがあるじゃないかと言わざるを得ません。

 どうも英語教育について保守的な人は、まずは文法をしっかりと身に着けることが大事で、それがしっかりと身につけば会話なんかは後でいくらでもできるようになるなんてことを言う傾向があるように思います。要するに今の学校教育や受験での英語教育でいいと言っているわけですけど、こういう方々って、東大とか日本国内の最高の学歴を持った人たちが多いですよね。たぶん、自分たちがやってきたやり方で東大のような大学に入っているわけだから、そのやり方が正しいはずだと思っているのだろうと思うのですが、それでも上にも触れたように、日本の英語力はアジア最低レベル。米国出身で初の東大の正教授だった地震学者のロバート・ゲラーさんは次のように言っています。

東大は大学院入試に英語能力テストTOEFLを取り入れているが、米国の一流大の合格水準に達する学生はほとんどいない。

日本人は中学から大学まで8年間も英語を学び、トップクラスの東大でもこの程度というのでは、日本の英語教育全体に重大な欠陥があると言わざるを得ない。

日本で最も難しいとされている東大の学生でも、客観的に見れば英語力が高いとは到底言えないようです。だからそこの人たちが言っている英語教育論も、しょせん井の中の蛙の言っているようなものかもしれませんよということです。

 そもそも英語の学習において、文法中心と会話中心というものがあるという、このワケのわからない二分法自体が滑稽なんですよ。両方ちゃんとやればいいじゃんと思うわけです。

 私は、ロシアのモスクワ国立大学の旧予備学部というところでロシア語や向こうの中等学校程度の文学史や地理、歴史の教育を受けたことがあります。実際モスクワで生活しているので、しゃべれないというのでは当然話になりませんから、会話は徹底的に教育されるわけですが、それと同時に文法もしっかりと叩き込まれました。ロシア語は英語に比べてはるかに複雑な文法を持つ言語ですが、どういうときにこういう形をとるとかいうことでは間違えずに話したり書いたりできるようになりましたよ。まともな語学教育で、会話偏重とか文法偏重とか、そんな間抜けなことがあるわけがないじゃないですか。両方きっちりやりますよ。

 私自身のロシア語やポーランド語の学習経験から、日本の英語の教え方のどこが悪いかというと、アウトプットに使えるような勉強のさせ方をしていないところだと申せます。

 言語は、本来的に自分の言いたいことを人に伝える道具なのに、日本の英語の教え方はそういうこととは関係なくレッスン内容が決まっているところがあるように思います。私が数か月前に使っていた日本製のポーランド語教科書もそうでした。

 ソ連におけるロシア語教科書や今私が使っているポーランド語の教科書もそうですが、まず学習者が自分の言いたいことを言えるようにするということにカリキュラムが徹底的に工夫されているように思います。挨拶や自己紹介、「わかりません」とか「もう一度お願いします」といった今すぐ必要な言い方とか、数の数え方や「ややこしい!」とか「疲れました!」とか、今すぐ使いたくなるような表現を学ぶところから始まります。

 それくらい日本の教科書だってそうなっているだろうと思われると思いますが、重要なのはその練習量です。ロシアでも、いま私が使っているポーランド語の教科書でも、本当にしつこいくらい繰り返し繰り返し同じものや似た表現を練習させられます。日本の教科書も、一応最初はクラスルームイングリッシュから始まるとは思いますが、練習が足りないし、生徒が食いつきそうな面白いネタなどの工夫が足りないですね。

 練習においてこれも重要なんですが、ひっかけ問題は出しません。日本の練習問題って、例えば過去形を練習していても、中に1問だけ現在形の文章を混ぜたりしてひっかけようとするじゃないですか。こういう問題で正解を出せるようにすることは、高校や大学受験対策としては必要かもしれませんが、語学を使えるようにする教育においてはいいことがありません。何しろ間違えることを恐れるように教育しているに等しいですからね。これじゃ当然しゃべれなくなります。

 日本語での説明は最低限の量であるべきでしょう。学校の英語の授業の説明はほとんど日本語で行われますが、いくらわかりやすくてためになる話でも、日本語の説明はいくら聞いたところで英語ができるようになる練習にはなりません。

 上で、ロシアでもポーランドでも、まともな語学教育で文法が軽視されることなんてありえないと言いましたが、単語についてもそうです。とにかく単語はたくさん覚えてナンボですから、量をこなさせられます。

 文科省が学習指導要領で示している、中学校で身に着けるべき英単語の数は、1,200語程度です。1,200と聞くとちょっと大変そうな気がしますが、日本語に置き換えて考えてみてください。小学1・2年生でも日本語の語彙力は10,000語程度あるわけですから、語彙数1,200なんて少なすぎますよ。このブログで、国語に関する記事でしばしば述べているように、語彙力は理解力に相関します。もっと容赦なく単語はブッこんでいかないと話になりません。

 日本の学校や受験指導における英語教育が文法偏重で、児童英会話のような遊び半分の英語体験が会話偏重であるということであるならば、そのどちらもやっていてあまり意味がないと言っていいでしょう。文法も会話も、どっちもたっぷりやっていけばよいのです。そのような英語教育を求めるべきなのです。

 ポイントは、日本語の使用を最低限に絞ったダイレクト・メソッドであること、自分が話したいと思うことをまず話せるようにしてあげるなどカリキュラムのクフによるモチベーション向上、そして単語は容赦なく教え、使わせ、覚えさせることです。

 当然のことながら、国語道場がご提供するOLECO英語は、このすべてのポイントを満たす英語指導になっております。

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