詩っていったい何が言いたいんですか?
先日の国語の授業。茨木のり子の「薪を割る」という詩とその鑑賞文についての問題を解かせていた時のことです。
この「薪を割る」という詩はどういう詩かというと、ある人(おそらく作者)が薪割りをしていると、飼っている犬が近寄ってきてそばに寝そべるとか、虻が捨てた桃の皮の上で交尾を始めるとかそんなことが描かれている詩です。
正答率もなかなかだったのですが、まる付けのあとで生徒が、
「この詩は一体何が言いたいんですか?」という質問をしてくれました。
いやあ、素晴らしいと思いましたね。こういうことも疑問に感じずにただやれと言われた問題をやっている方が異常ですよ。さすがは道場生です。
こうした質問に対しても、きちんと文芸理論にもとづいて答えられるのが国語道場です。なにぶん私、所属は哲学科でしたが、ソ連の文芸理論を大学院の単位交換制度を利用して、碩学中の碩学に教わりに行っていましたからね。
結論から言ってしまいますと、この詩には特に「言いたいこと」というものはありません工エエェェ(´д`)ェェエエ工
きちんと説明しましょう。
「言いたいこと」がないなんていうふうにかぎかっこ付きで書いていますが、これはつまり本当に何も伝えたいことがないという意味ではないということです。だいたい何も伝えたいことがなかったら、書いたものを発表するなんてことしませんよね。
ますます意味がわからなくなっているかもしれませんが、例えば、Facebookなんかを見ていると、夕焼けとか満月の写真をアップしている人ってよくいるじゃないですか。心理的にはあれに近いものだと思ってくれればいいかなと思います。
「言いたいこと」がないというのは、「好きだーーー」という気持ちとか、「我々はこうすべきだーーー」という主張とかいったことは特にないということです。
Facebookに夕焼けきれいとかアップしている人は、別段これから日本の教育はこうあるべきだとかいう主張はないですよね。ただ、「ああ、きれいだな、みんなに伝えたいな」と思って上げているんだろうと思うわけです。
つまり、特に何か「言いたいこと」があるわけではないけれども、なにかすごいな、面白いな、みんなにも知ってもらいたいなと思うことというのは、誰にでも結構いっぱいあるわけですよ。
ただ、詩の場合ですね。そこは書いているのがさすがに詩人なので、きれいな夕焼けとかスーパー満月とか虹とか、そんなミーハーなものについては書かない。では何を書くのかというと、日常の中でみんなが見過ごしているところに面白いものを見つけてそれを書くんです。優れた詩人は、そういうすばらしい視点を持っているものです。
例えば、ご存じの方も多いと思いますが、三好達治の「土」という作品があります。
蟻が
蝶の羽をひいて行く
ああ
ヨットのやうだ
没後50年経ってますから、全文掲載しても問題無いですよね^^;
アリがチョウの死骸を運んでいる・・・。
ホンッとどうでもいいですよね。でも、その一見どうでも良さそうなところに驚きを見いだせるところが「詩人の目」なんです。
アリが巣にチョウを運んでいる様子に、「ヨット」というメタファーを与える。これがまたすごい。
このように、表現するものにぎょっとさせるような言葉を与えることを、ソ連のフォルマリストと呼ばれた文芸研究家たちは「異化( остранение )」と呼びました。まあ、「変なふうにする」ということです。
そうすることで、みんなが平生どうでもいいと思っているようなものを改めて見てみようかなという気にさせる。どうでもいいと思っていたものが、実は注目に値するものなんじゃないかという気にさせる。それが詩の言葉です。
瓶にさす 藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に とどかざりけり 正岡子規
これも教科書や問題集によく載っている歌です。この歌の一体どこがすごいか。
これも皆様ご存じのとおりで、子規は晩年脊椎カリエスで寝たきりの生活を送っていました。妹の献身的介護・弟子たちの協力で、子規の家の庭は四季の花々が植えられていたそうです。
この歌の藤の花も、妹か誰かが花瓶に挿してくれたのでしょう。
その藤の花房がだらりと垂れている先を見てみると、畳についていない。だからどうした。いやいや、この事実は寝たきりの子規だからこそ発見できたことなわけですよ。
子規と言うと、頭坊主で横向きのいかにも具合悪そうな写真が有名ですが、もともととてもアクティヴな人だったんですよね。東大野球部の創立期のメンバーで、従軍記者として満洲へ行ったり、全国を旅して「柿くへば」なんて歌を詠んでいたりしていたわけです。
それが寝たきりになって「病牀六尺」が世界の全てになってしまった。しかし、それだからこそ見える世界があるということをこの歌は示しているように思います。素朴な言葉の中に、表現者の凄絶な執念を感じます。
さて、こんな感じで、「言いたいこと」なんて特にないけれども、でも伝えたい事はある。そして、それが示す世界は繊細で、そしてすごいってことが多少分かってもらえたでしょうか。
こういうことをあれこれ考える質問をしてくれた生徒に感謝します。
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